アフターマーケットでビジネスを展開している企業の多くは、顧客に対するサービスレベル(即納率)を維持しながら、ある一定レベルに在庫を保つことに課題を持っています。顧客満足度という観点から考えると、「即納率」は非常に重要なKPI(重要業績評価指標)の1つです。しかし、こればかり考えていると在庫はどんどん増えてしまい、財務的観点から非常に重要な「在庫資産の圧縮」が、難しくなってしまいます。
正直、保守部品の在庫を圧縮することは、顧客サービスの低下につながるリスクがあります。そのためか、製造業のお客様と会話をしているとサービス低下のリスクを犯してまで在庫を圧縮をしようと考えているところは非常に少ないように思います。また経営側からも在庫の圧縮について明確な目標値を与えられていないサービス部門が多いため、なかなか本腰をいれられないケースがほとんどのような気がします。
しかし、在庫は企業の財政を圧迫する要素に成りうることは確かです。そこで、在庫の削減が、財務的な観点からするとどのようなメリットがあるのかについて、財務三表を基準に整理してみたいと思います。
初めに損益計算書(PL)で在庫削減の影響を整理してみます。
在庫を確保するには、保管場所を用意し、またそれを維持するための設備や人的リソースが必要になります。保管場所は、賃貸であれば賃料が経費としてかかりますし、維持については、保管場所での水道光熱費や在庫を管理するためのクレーンやフォークリフト等の設備にかかる費用、人的リソースの人件費等が経費となり、支出として計上されます。
つまり、保管場所を小さくしたり、効率よく維持することができなければこれらの経費を削減することはできないのです。また、見落としがちなのは、在庫を購入することによって発生した借入金に対する利息の支払いです。当然、これも経費に計上されることになります。在庫を削減するということは、借入金が減るということになり、結果としてそれに掛かる利息の削減にもつながることになります。現状、日本では利率が非常に低い状態であるため、利息の支払いそのものは支出としてさほど大きくはないかもしれません。しかし今後、利率が上がるかもしれないことを考えると、これまでのように在庫削減を後回しにすれば、結果としてこれまで以上の支出が発生することは容易に想定できます。
このように在庫の削減は、PL上に現れる経費の削減につながり、それによって利益率の向上に寄与することになります。しかし、利益率の向上に寄与する部分は、実はそれほど大きくはないというのが実状です。では、在庫削減はどこに最も大きな影響を及ぼすのでしょうか?次は、貸借対照表(BS)で整理をしてみたいと思います。
BSで考えた場合、在庫は棚卸資産として左下に記載される固定資産の項目に記載されます。棚卸資産は、製品や仕掛在庫等もまとめて記載されるため、保守部品が在庫としてどのぐらいが計上されているのかは、公開されているBSを見てもはっきり分かりません。しかし、アフターマーケット事業を展開している企業様であれば、部品在庫がどのぐらいを占めているのかは明確でしょう。在庫を削減すれば棚卸資産が圧縮されると同時に、固定化されていた資産が現金化され、流動資産として計上されることになります。また、余剰在庫をうまく流用する形で在庫の削減ができれば、これまで行っていた仕入先からの「調達」も削減できるようになります。これにより、在庫の削減と調達に必要な資金が圧縮できるため、バランスシート自体の圧縮につながり、より効率的な経営ができるということになります。そもそも経営の究極的な目標はROA(総資産利益率)(*)を最大化することにあります。BSの総資産を圧縮すると同時にPLの利益率が改善できれば、ROAはより大きくなり、収益性の高い企業として株主からの評価に繋がるのです。
(*)ROA-税引き後利益(当期利益)÷総資産
では、最後にキャッシュフロー計算書で考えてみましょう。
キャッシュフロー計算書(CF)は企業活動のキャッシュ(現金)の流れを表したものです。キャッシュフロー計算書は、企業が自由に利用できるキャッシュがどのくらい手元にあるのか、という企業の支出能力を測る指標で、企業がいかに投資に回すキャッシュを作り出せているのか、というのが重要になります。キャッシュフロー計算書では、PLとBS双方で起きるキャッシュの動きが明確に記述されます。先に述べたPL上の利益は、キャッシュフロー上ではプラスに計上されるため、より多くの利益が出れば当然キャッシュも増えることがわかります。また、棚卸資産を圧縮すると、キャッシュフローの計算上、プラス計上されるため、これもフリーキャッシュフローの増加につながります。さらに、在庫を圧縮することで借入金額が減少すれば、財務キャッシュフローに計上される借入金・社債の増減の項目もプラス計上されます。このように、在庫を圧縮することで、フリーキャッシュフローが増加し、企業として投資に回すためのキャッシュが増えることになります。これは、企業価値を向上するのに非常に重要です。一般的に企業価値を評価する場合、DCF法(ディスカウントテッド・キャッフロー)を利用するのですが、これは企業が将来にわたりどれだけキャッシュを生み出せるかを予測し、ある一定の割引率で割り引いて、現在の企業価値を計る手法で、よりフリーなキャッシュが生み出せる環境であれば、DCF法で計算される企業価値も向上するということに繋がっていきます。
こうして見ていくと在庫削減と一言で言っても財務的インパクトは計り知れないことがわかります。お客様満足度を高めることも重要ですが、在庫の圧縮により注力を置いてアフターサービスビジネスを運営していくことも企業価値向上のためには必要だと改めて認識いただければ幸いです。
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